Tight Rope Dancer

buppy2009-03-08

Antje Duvekot 『The Near Demise of the High Wire Dancer』

一般的に知識が豊富というのは、どういう物を指すのかは、分かりません。少なくとも、自身の興味の対象について知りたいという欲求を抱くのは自然な話で、その欲求の蓄積を指して知識とするのでしょうか。自分が好きなこの手の音楽を聴いていて、ある地域の音楽シーンを整理していく過程で、レーベルや裏方など、自分の軸とするべきキーワードが定めるなんて作業は、割と普通だと思っていたのですが、そうでもないのでしょうか(まあ、なかなかどうして、この作業の焦点が定まらないままだったりするのですが:笑)。良い作品には、その土地の音楽シーンの縮図が描かれていると言うのは、自分の拙い経験から来る持論なのですが。現在はボストンを拠点に活動するAntje Duvekotの最新作も、私にとっては、そんなミュージシャン達の関係の縮図を感じさせる1枚なのです。
彼女については、それ程詳しくはないのですが、ドイツのハイデルベルグに生まれて、13歳の頃に母親の再婚に伴い、アメリカのデラウェアへと居を移したというエピソードを見て、この発音の仕方がよく分からない名前に妙に納得がいったものです(笑)。
さて、本作において一つのトピックは、Richard Shindellが初のプロデュースを行っているという事だろうか。録音は、Signature Sounds Studioで行われており、Mark Thayerがエンジニア・ミックスを担当している事も影響しているかもしれないが、作品全体に一本の筋が通った見事な裏方仕事を見せている。ただ邪魔にならないようにといった旨の発言をShindell自身がしているようだが、出しゃばらずにミュージシャンの長所を引き出せるのならば、それはプロデューサーとしては、なかなか得難いスキルなのでは。
参加メンバーについては、ドラムにBen Wittman(Lucy Kaplanskyの諸作でプロデューサーを務めている人物)、ベースにLincoln Schleifjer(Shindellの作品でベース奏者と言えばこの人だろう)というリズム隊を軸に、マンドリン・バックヴォーカルでMark Erelli、一部ギターでDuke Levineが参加。勿論、プロデューサーのShindellもギターで演奏に参加しています。また、ゲストヴォーカルでLucy KaplanskyやJohn Gorkaといった連中も参加している。
Mark Erelliのマンドリンと、John Putnamのペダルスティールの音色が物悲しく響くオープニングトラック「Vertigo」(Erelliとの共作曲)。静かに爪弾かれるShindellのアコースティックギターと、Chris Turnerのハープによる導入から、詩情豊かに描かれるM3「Long Way」。John Gorkaのビターなバックヴォーカルや、Erelliのマンドリンも印象的で、6分強の時間の中で描かれる情景は、一篇のロードムービーを思わせる。Victor Kraussのベースと、自身のアコースティックギターの簡素なバックの中、淡々と抑制を効かせて綴るM9「Coney Island」。端正な楽曲達の印象が一層鮮烈に響くのは、Duvekotの歌声に寄り添うようなバンドの演奏の所為だろうか。
メディアでは、Patty Griffinが引き合いに出されているようです。少女のような無邪気さを感じさせる歌声、一歩突き放したような感情のコントロールと詩情など、確かにGriffinを想起させる物があります。しかし、単にフォロワーという意味だけでなく、彼女の後に続く女性SSWとして、追いかけてみたいと思わせる魅力を感じます。